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広島地方裁判所 昭和55年(行ウ)17号 判決

原告 中越万照

被告 広島県公安委員会

代理人 原伸太郎 平元勝一 ほか五名

主文

被告の原告に対する昭和五五年四月二日付自動車運転免許取消処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

主文同旨

(予備的請求)

1 被告の原告に対する昭和五五年四月二日付自動車運転免許取消処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告から昭和五五年一月一七日更新の普通自動車及び自動二輪車第一種運転免許(免許証の番号第六一六七〇七二七九七〇号)を受けていたが、被告は原告に対し、同年四月二日、担当聴聞官三好利春(以下、三好という。)の主宰する聴聞手続を経て、右免許を取り消す旨の処分(以下、本件処分という。)をした。

2  しかし、本件処分には次のような瑕疵があるので無効であり、仮に無効でないとしても取り消されるべきである。

(一) 手続における違法事由

(1) 自動車等の運転免許(以下、免許という。)取消処分権限は、本件の場合、被告のみが有する。(道路交通法―以下、法という。―一〇三条二項)

しかし、本件において、原告に対する処分の内容については、聴聞手続以前に広島県警察本部長(以下、本部長という。)の量定を経ており、これが聴聞官の意見を事実上拘束し、その結果として本部長の右量定が被告の行つた本件処分に強い影響力を与えた。このことは、本来権限を有しない者によつて本件処分内容が左右されていること、従つて、本件処分が違法であることを導くものである。

(2) 本件処分に先立つ聴聞手続において、原告は三好に対し、「事情をきいてほしい」旨申し出たが、三好は「今日は二七人も呼んでいる。一人につき三〇分事情をきいたとしても明日になつてしまう。」等と答え、原告に対し意見を述べ、有利な証拠を提出する機会(法一〇四条二項参照)を与えなかつた。

従つて、適法な聴聞手続を欠いて行われた本件処分は違法である。

(3) 三好は、右聴聞手続後、何らの権限を有しないのに、本件処分内容を決定し、本件処分当日の午前一一時ころ、当時の事務処理担当者川崎順一郎(以下、川崎という。)に本件処分の執行を命じ、川崎は直ちに原告に対し、運転免許取消処分通知書を交付し、もつて本件処分を通知した。

即ち、被告において本件処分を決定したのは同日午後一時五〇分から午後二時四〇分の間であるのに、これに先立つて本件処分が無権限者によつて事実上決定され、原告に告知されたのであるから、本件処分は、無権限の者によつて決定され、かつ告知された免許取消処分ということになり、違法である。

(4) 川崎の原告に対する右通知は、無権限者による本件処分を告知したものであること及び右通知は、被告が本件処分を決定してから本部長専決事務としてなされるべきものである(広島県公安委員会事務専決規程―以下、規程という。―二条、別表第一18(4))のに、本部長の意思に基づいたものでないことの二点において違法であり、ひいては本件処分も違法である。

(5) 被告が本件処分を決定するにあたつては約五〇分の間に、原告を含め三〇件を処理している。そうすると一件平均一分四〇秒であることになり、到底事案を理解した上で、決定したものとは思われないから、本件処分は違法である。

(6) 被告が本件処分を決定した後、原告はこれを告知されていない。従つて、本件処分は違法である。

(二) 判断内容における違法事由

原告は昭和五四年一二月一四日に普通乗用自動車による交通事故を惹起したものであるところ、昭和五三年一一月二八日免許効力停止(三〇日間)及び昭和五四年七月二三日免許効力停止(六〇日間)の各処分を受けていた関係で、法一〇三条二項二号及び法施行令三八条一項一号イにより、前歴二回の八点(法施行令別表第一の一及び二参照)として、免許を取り消される場合に該当するとされたものであるが、右交通事故によつて受傷したとされている訴外高橋一夫は真実は何の傷害も負つておらず、従つて右交通事故は人身事故ではないから法施行令別表第一の二の付加点数を付すべきではなく、そうすると原告の免許についてはこれを取り消す場合に該当しないことになるので、右交通事故を人身事故であるとして、本件処分をしたのは事実誤認に基づいており違法である。

よつて原告は被告に対し、本件処分が無効であることの確認を、仮にそうでないとしても本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1は全部認める。

2  同2(一)(1)のうち、免許取消処分が被告の権限に属することを認め、その余を争う。

(2)を否認する。

(3)のうち、三好が本件処分当日午前一一時ころ、川崎に対し本件処分の執行を命じ、川崎が原告に対し本件処分を通知したこと及び被告が本件処分を決定したのが右通知の後である同日午後であつたことはいずれも認めるが、その余を争う。

(4)のうち、通知が本部長専決事務であることを認め、その余を争う。

(5)のうち、被告が本件処分を含めた三〇件を約五〇分間で処理したことを認め、その余を争う。

(6)のうち、被告が本件処分を決定してからは、原告に通知していないことを認め、その余を争う。

同2(二)のうち、原告が昭和五四年一二月一四日に交通事故を惹起したこと及び原告の被処分歴の内容並びに本件処分の根拠についてはいずれも認めるが、訴外高橋が受傷していないことを否認し、その余を争う。

3(一)  本件における聴聞手続に際し、三好は原告の人身事故ではない旨の弁明に基づいて一時聴聞を中断し、訴外高橋を診療した病院に電話照会したところ、右訴外人は昭和五四年一二月一五日から翌五五年一月二二日までの間、頸部、腰部捻挫により計一一回の治療を受けた旨の回答を得たので、聴聞を再開したうえ原告にその旨告げたが、原告はそれ以上何の弁明もせず、免許取消を承服したものと認められたので聴聞を終結した。従つて聴聞手続には何らの瑕疵もない。

(二)  本件処分は被告がその決定をする以前に原告に通知されているが、次の理由により右瑕疵は本件処分を違法とするほどのものではない。

(1) 免許取消処分通知書を被処分者に交付してその処分を通知すべきことが法定されている主要な理由は、処分の存在及び内容を被処分者に知らせるとともに不服申立の機会を与える点にあると考えられるところ、処分決定より前に通知がなされた場合であつても事後に通知したと同視しうるような特段の事情があつて右通知が法定されている趣旨を損わず、被処分者において通知と処分決定の先後如何がさしてその地位に不利益をもたらすものでなかつた場合には、通知の先行という瑕疵は免許取消処分の効力に影響を及ぼすものではない。

(2) また本件処分の場合、被告の決定と通知の各内容は同一であること及び原告はその後の昭和五五年五月三〇日付で被告に対し本件処分の取消を求める異議申立をしている(被告は同年八月一三日付でこれを棄却した。)ことからすると、被告による処分決定時において原告は本件処分の内容を知つており、かつ、本件処分に対する異議申立をしているのであるから、原告には事後の通知を受けた場合と同様に何らの不利益もなく、前記通知が法定された趣旨が損なわれたともいえない。

(3) 免許取消処分は被告の専権に属するものの、法一〇三条二項二号及び法施行令三八条一項一号イにおいてその要件は一義的に定められているから裁量の余地の乏しい定型的、類型的処分であるということができ、またその件数からしても大量反覆継続的処分で多大な事務量を要し、かつ処分の性質上迅速性が要求されるものであるところ、一方被告委員会は非常勤の委員によつて構成され、その開催日数も年間三十数回に過ぎないから、右処分に関する事務のうち質量とも相当のものが本部長に権限委任されている。従つて本部長は右処分に関する事務に精通しているといえる。そして右処分は被処分者から運転免許証の返納を受けなければその実効を期し難く、本件においても聴聞の際の原告の言動等から、処分の執行を免れることを危惧して、三好が被告の決定をまたず処分の執行を命じたものである。

以上の事実関係からすると、被告が本件処分を決定した時点で、これに先行した通知の瑕疵が治癒されたと解する余地がある。

(三)  原告の惹起した交通事故の内容は、原告が、昭和五四年一二月一四日午後一〇時二〇分ころ、岡山県笠岡市生江浜七〇一番地先の国道二号線を普通乗用自動車を運転し、時速約四〇キロメートルで東進中、脇見運転により前方注視を欠いて進行したため、信号待ちのため停止中の高橋一夫運転の普通乗用自動車右後部に自車左前部を追突させ、その衝撃によつて、右高橋車をしてその前方に停止中の榊原浩二運転の普通(軽)乗用自動車に、さらに右榊原車をしてその前方に停止中の藤本健夫運転の大型貨物自動車にそれぞれ追突させる三重衝突事故を惹起し、右高橋に対し、頸部・腰部捻挫により加療三八日間(但し、初診時の診断では加療一〇日間)の傷害を与えるとともに、右高橋車に対し、前部バンバー、ラジエターグリル、後部バンパー等凹損(中破・運行不能)、右榊原車に対し、右前フエンダー、後部バンパー等凹損(中破)、右藤本車に対し、後部バンパー、タイヤ吊り破損(小破)の損害を与えたものである。そして各被害車両の損傷程度及び右高橋の受傷につき医師作成にかかる診断書の内容からして、右交通事故が人身事故であることは明らかであるが、さらに前記のとおり、電話照会によつて右高橋の加療日数(通院治療回数は一一回)が明らかとなつたものである。

従つて、本件処分に事実誤認はない。

(四)  原告は、右高橋をして受傷はなかつた旨の虚偽の上申書を作成させたり、また事実無根の本件聴聞手続における瑕疵を主張したほか、本件処分後も無免許運転によつて検挙されるなど健全な社会人にあるまじき行動をとつていながら、本件審理の過程で明らかになつた本件処分の些細な手続上の瑕疵を攻撃しているが、これは社会秩序維持の信頼原則に反し、権利の濫用にも該当する。

本件処分の手続上の瑕疵は前述のごとく軽微であり、原告に対し何らの不利益をもたらすものでないのに対し、本件処分の対象となつた事実は悪質であるから、前者を理由として本件処分を無効とするのは原告を不当に利して著しく社会的衡平を害するものである。

第三証拠 <略>

理由

一  争いのない事実

原告が被告から昭和五五年一月二七日更新された普通自動車及び自動二輪車第一種運転免許(免許証の番号第六一六七〇七二七九七〇号)を受けていたこと、原告は昭和五四年一二月一四日普通乗用自動車による交通事故を惹起したところ、従来の被処分歴と相俟つて、法一〇三条二項二号及び法施行令三八条一項一号イにより、右免許が取り消される場合に該当することになつたため、法一〇四条に従つて昭和五五年四月二日、三好の主宰する聴聞手続が行われ、同日午前一一時ころ川崎が原告に対し被告作成名義の運転免許取消処分通知書を交付することによつて本件処分の通知をしたが、右通知がなされた時点では未だ被告は本件処分を決定しておらず、同日午後になつて被告委員会が開催され、本件処分が決定されたこと、右決定後本件処分があらためて原告に通知されていないこと。以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  当裁判所の判断

1  しかして右事実によると、本件処分は、被告委員会においてこれを決定する以前に原告に通知されたという手続上の瑕疵のあることが明らかである、(原告は、本件処分につき無権限者である三好がこれを決定したと主張している((請求原因2(一)(3)))が、右主張は同時に右瑕疵の存在を主張するものであると解される。)

2  そこで右瑕疵に関する被告の主張について検討することとする。

(一)  そもそも行政処分は、先ず行政庁の内部的な意思決定が行われ、しかる後それが外部に対して表示(被処分者に対して告知)されることによつて、はじめて処分として成立し、かつ存在するのであるから、右意思決定がないうちに右表示が先行的になされることは、当該処分の本質に関する瑕疵というべく、従つてその瑕疵は極めて重大である。

もつとも、意思決定に先行してなされた告知は無効なものであるとして、本件処分自体を不存在と観念する余地もなくはないが、本件においては時間的先後はあつても被告委員会の決定があり、これと全く同一内容の通知が原告になされている以上、本件処分を不存在と取り扱うことは相当でない。因みに本件は、継続的な外部に対する表示がある間に内部的な意思決定が備わつた場合―最高裁判所第一小法廷昭和三六年五月四日判決民集第一五巻五号一三〇六頁参照―ではなく、通知といういわば即成的行為が完結した後に被告委員会による決定があつたものであり、前掲判例の事案とは前提となる主要な事実関係を異にするから、右判例の法理により瑕疵の治癒を認めることはできない。

(二)  また右瑕疵は、本件処分に至る行政過程の正常性を損なうものである(例えばその結果として後記のとおり表示が先行すれば行政庁の意思決定は右表示内容に事実上拘束され、行政庁独自の裁量権が奪われることになる。)から、これがあることによつて被処分者である原告が現実に不利益を被つたか否かとは無関係に、本件処分の違法性を直ちに導くものと解するのが相当である。

(三)  次に、免許取消処分における被告の権限が裁量の余地の乏しいものであるとしても、先行した通知に示された処分内容と事後に被告において決定した処分内容とが常に一致するとは限らず、時には異なつた処分が決定される可能性もあるところ、後者が前者より軽い場合には、あらためて前処分を自ら取り消し、軽い処分の通知をすることも可能であろうが、逆に後者が前者よりも重くなつた場合には、本件のような行政処分の性質上、前処分を自ら取消すことは許されず、結局被告の右権限が全く画餠に帰してしまうおそれさえ考えられる。

(四)  更に、被告は免許取消処分事務における実情を種々挙げて、右瑕疵は現在治癒されたと認めるべきであると主張するけれども、かかる実情があるにせよ、被告(行政庁)による処分内容の決定以前に処分権限のない者が事実上処分を決定して、行政庁名義で処分を通知するという違法を侵すことが許されないことは言うまでもない。

3  なお被告は、本件処分前後における原告の態度を攻撃し、右瑕疵があるからと言つて、本件処分を違法とすることは社会的衡平を害すると主張する。

なるほど原告本人尋問の結果によると原告が本件処分後無免許運転で検挙されたことが認められ、かかる原告の行動が非難に値するものであることは明らかであるけれども、本件処分に関する前記瑕疵は、原告個人の行状とは全く別の次元の事柄であるし、また本件訴訟を提起しその審理過程で右瑕疵が発見されるということがなければ、他に原告において右瑕疵を発見追及することができなかつたことも容易に推認できるところであるから、被告の右主張は当を得たものでなく採用できない。

また、本件処分の手続面のみに関する右瑕疵に基づいて当裁判所がこれを違法と判断しても、当該判決の既判力は右瑕疵の違法についてのみ生ずるものであるから、被告としては原告に対して、手続をやり直すことによつて再度処分を行うことができるわけである。従つて本件処分が右瑕疵を理由に違法と判断されても、そのことが原告に不当な利益を与え、社会的衡平を害する結果をもたらすことにはならない。

4  次に、本件処分における前記瑕疵が本件処分を無効ならしめるものか、或いはこれを取り消す事由であるにとどまるものであるかについて判断する。

行政処分の無効事由と取消事由の区別については論議の存するところであるが、思うに、取り消されるべき処分については、その取消が確定するまでいわゆる公定力が認められるのに対し、無効の処分にはこれが認められないこと、前者を争う場合には出訴期間の制限がある(行政事件訴訟法一四条)のに対し、後者を争う場合にはこの制限がないと解されていることは、侵益的処分の場合、いずれも、当該事案における被処分者の権利保護の利益と行政の円滑な運営がなさるべき利益とを比較衡量して無効の処分においては前者の優越を認めるべきものとされるからであり、このことから逆に当該侵益的処分が無効であるか或いは取り消されるにとどまるかの判断にあたつては、具体的事案において相対立する右両利益の要素の各内容を仔細に検討してこれを決すべきであると言うことができ、従来議論のある瑕疵の重大性や明白性の要件もこの見地から右判断における基準を提供するものであると考えるのが相当である。

そこで本件について考えるに、本件処分における右瑕疵は前記のとおり当該処分の根幹的部分に関する重大なものであり、処分時において被処分者である原告にとつては明白ではなかつたにしても、本件において当該処分に通知が先行していたことは客観的には明白であつたと言うことができるが、それが前述したように行政過程の正常性を損なう性質のものである以上、行政の円滑な運営に対する配慮を許さない程重大かつ明白な瑕疵ということができる。従つて、本件にあつては前記両利益を比較衡量するまでもなく、右瑕疵は本件処分の無効原因となること明らかである。

三  結論

以上説示のとおり、本件処分には無効事由たる前記瑕疵があるから、その余の点につき判断するまでもなく、本件処分が無効であることの確認を求める原告の主位的請求は理由があるものとしてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊 山崎宏征 橋本良成)

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